

企業の経営効率や価値創出力を測るうえで、近年特に注目されている指標がROIC(投下資本利益率)です。
ROICは、企業が調達した資本をどれだけ効率的に利益へと変換できているかを数値で示します。

日本企業の場合、ROICの基準値は7%以上が望ましいとされますが、実際の全業種平均は約4.5~5.4%にとどまっています。
この指標は、税引後営業利益(NOPAT)を投下資本で割ることで算出され、資本コスト(WACC)を上回るかどうかが企業価値向上の分かれ目となります。

ポイント
- ROICは企業が投下資本をどれだけ効率的に利益へ変換しているかを示す指標である
- 日本企業のROICの一般的な基準値は7%以上が望ましいが、全業種平均は約4.5~5.4%となる
- ROICは税引後営業利益(NOPAT)を投下資本で割って算出する
- ROICが資本コスト(WACC)を上回る場合、企業は価値を創出していると評価される
- ROIC向上には現場改善や資本効率化、事業の選択と集中が重要となる
ROICとは?意味とわかりやすい解説
この章ではROICの意味について解説します。
ROIC(投下資本利益率)の基本的な定義
ROICは「Return on Invested Capital」の略で、日本語では「投下資本利益率」と呼ばれます。
これは、企業が投資したお金(投下資本)をどれだけ効率よく利益に変えているかを示す指標です。
具体的には、「税引後営業利益(NOPAT)」を「投下資本」で割って算出します。
たとえば、100億円の投下資本で10億円の税引後営業利益があれば、ROICは10%です。
この数値が高いほど、企業は効率的に資本を活用していると評価されます。
ROICは経営の効率性や企業価値を測るうえで、世界中の投資家や経営者に重視されています。
ROICが企業評価に使われる理由
ROICは、企業が資本をどれだけ有効に使って利益を生み出しているかを示します。
この指標が高ければ、企業は資金を効率よく使い、価値を創出していると判断できます。
逆に、ROICが資本コスト(WACC)を下回る場合、企業は投資家の期待に応えられていません。
たとえば、ROICが8%、WACCが6%なら、企業は2%分の価値を上乗せしていることになります。
このように、ROICは他の指標(ROEやROA)と比べて、企業の本当の「稼ぐ力」を客観的に評価できるため、投資判断や経営改善の基準として活用されています。
ROICを理解するための基礎用語解説
投下資本とは何か
投下資本とは、企業が事業活動のために調達し、実際に使っている資金の合計です。
株主からの出資金や銀行からの借入金などが含まれます。
具体的には、「総資産」から「現金・短期投資・長期投資・利息のつかない負債」を差し引いたものが投下資本です。
たとえば、現金や投資資産は本業に使われていないため、計算から除外されます。
このように、投下資本は「企業が実際にビジネスに使っているお金」と考えるとイメージしやすいです。
NOPAT(税引後営業利益)とは
NOPATは「Net Operating Profit After Taxes」の略で、日本語では「税引後営業利益」と訳されます。
これは、企業が本業で稼いだ利益から税金だけを引いた金額です。
利息や特別損益など、資本構成に左右される要素は含まれません。
たとえば、借入金の利息を除外することで、企業の本業の実力だけを純粋に評価できます。
NOPATは、異なる資本構成の企業同士でも公平に比較できるため、ROICの計算に使われています。

ROICの計算式と他指標(ROE・ROA)との違い
この章ではROICの計算式と他指標(ROE・ROA)との違いについて解説します。
ROICの計算式とその内訳
ROIC(投下資本利益率)は、「税引後営業利益(NOPAT)」を「投下資本」で割ることで求めます。
計算式は以下の通りです。
ROIC(%)= 税引後営業利益 ÷ 投下資本 × 100
たとえば、税引後営業利益が200万円、投下資本が1,000万円の場合、ROICは20%となります。
投下資本は「有利子負債+株主資本」や「運転資本+固定資産」など複数の算出方法があります。
この指標は、企業が事業に投じた資本をどれだけ効率的に利益に変えているかを示しているのです。
ROICが高いほど、資本の使い方が上手い企業といえます。
ROICとROE・ROA・ROIの違い
ROICは本業の利益(税引後営業利益)を、株主資本と有利子負債の合計=投下資本で割る指標です。
ROE(自己資本利益率)は「当期純利益 ÷ 自己資本」で計算し、株主視点でのリターンを示します。
ROA(総資産利益率)は「当期純利益 ÷ 総資産」で、企業が全資産をどれだけ効率的に使っているかを表します。
ROI(投資利益率)は、投資額に対する利益の割合を示すシンプルな指標ですが、ROICほど厳密に資本の効率性を測るものではありません。
ROICは、株主だけでなく債権者も含めた資本全体の効率を評価でき、ROEやROAよりも「企業全体の稼ぐ力」を正確に把握できます。
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ROICとROEの比較
ROEは株主資本に対する利益率で、資本構成(借入と自己資本の割合)によって数値が大きく変動します。
たとえば、借入を増やして自己資本を減らすとROEは高くなりますが、企業の実力とは限りません。
一方、ROICは有利子負債も含めた全資本に対する利益率なので、資本構成の違いによる数値の操作が難しい特徴があります。
そのため、ROICのほうが企業の本質的な収益力を反映しやすいです。
ROICとROAの比較
ROAは総資産(現金や投資資産も含む)に対する利益率で、企業が保有する資産全体の効率を測ります。
ROICは本業に使われている資本(有利子負債+株主資本)に対する利益率なので、より実態に近い経営効率を示します。
たとえば、現金や投資資産が多い企業はROAが低くなりがちですが、ROICでは本業の投下資本だけを評価できるため、経営判断の指標として有効です。
ROICの計算例でわかりやすく解説
具体例で計算してみます。
ある企業の営業利益が1,000万円、実効税率が30%の場合、NOPATは1,000万円×(1-0.3)=700万円となります。
投下資本が5,000万円なら、ROICは700万円÷5,000万円=0.14、つまり14%です。
このように、ROICは「事業に使ったお金でどれだけ利益を生み出せたか」をシンプルに示します。
業界平均や資本コスト(WACC)と比較することで、企業の競争力や経営効率を客観的に評価できます。

ROICが注目される理由と企業価値への影響
この章ではROICが注目される理由と企業価値への影響について解説します。
ROICが経営指標として重視される背景
ROICが注目される最大の理由は、従来のROEやROAでは測れない「資本効率の真の実力」を可視化するためです。
例えば、ROEは自己資本の利益率を示しますが、借入金の影響を受けやすく、過剰なレバレッジで数値が歪むリスクがあります。
一方ROICは「株主と債権者から集めた全資本」に対する本業の利益率を測定するため、企業のコアな稼ぐ力を公平に比較可能です。
ROICと企業価値(株価・成長性)の関係
ROICが企業価値に直結する理由は、資本効率が「持続可能な成長」を決定づけるためです。
例えばROIC20%の企業Aと10%の企業Bが同じ5%成長を目指す場合、企業Aは企業Bの半分の再投資で済み、余剰資金を株主還元に回せます。
資本コストとの関係とROICの目標設定
ROIC経営の成否は「WACC(加重平均資本コスト)との比較」で決まります。
具体例:
資本コスト6%の企業がROIC8%を達成すれば、2%の経済的付加価値を生み出したと評価されます。
逆にROICがWACCを下回る場合、たとえ利益が増加しても企業価値は毀損します。
日本企業の平均ROICは5.8%に対し、WACCは4.2%で、国際水準(ROIC9.2%/WACC6.1%)に遅れをとっている状況です。
WACC(加重平均資本コスト)との比較
WACCは「資本コストの平均値」で、ROICの最低目標ラインとなります。
計算例:
- 負債コスト(税引き後):2%
- 株主資本コスト:8%
- 負債比率40%、株主資本比率60%
WACC = (2%×40%) + (8%×60%) = 5.6%
この場合、ROIC5.6%が損益分岐点です。

ROICの目安と業界ごとの基準
この章ではROICの目安と業界ごとの基準について解説します。
一般的なROICの目安
ROIC(投下資本利益率)は、企業がどれだけ効率的に資本を使い利益を生み出しているかを示します。
一般的な目安として、ROICが7%以上あれば「優良」とされるケースが多いです。
この数値は、企業が資本コスト(WACC)を上回っているかどうかの判断基準にもなります。
たとえば、資本コストが5~7%なら、ROICが8~15%あれば十分に価値を生み出していると考えられるのです。
ただし、業種や事業の特性によって適正な水準は異なります。
電力やインフラなど設備投資が大きい業界ではROICが低めでも安定経営が重視。
一方、ITやサービス業は高いROICを目指す傾向があります。
自社の業界平均や資本コストと比較して判断することが大切です。
業界別ROICの平均値
業界によってROICの平均値には大きな差があります。
ITサービス(20.7%)、コンサルティング(16.7%)、家庭用品(15.1%)などは高ROIC業界として知られています。
逆に、銀行や重厚長大型産業、公益事業は5%前後と低めの傾向です。
このように、同じROICでも業界によって評価が異なるため、自社の属する業界平均と比較することが重要です。
また、ROICがマイナスの場合は、資本を有効活用できていない可能性が高いので注意が必要です。
ROICが高い企業・低い企業の特徴
ROICが高い企業は、独自の技術やブランド力が強く、価格競争に巻き込まれにくい特徴があります。
例えばAppleは2020年時点でROICが26.9%と非常に高く、イノベーションや顧客ロイヤルティの高さが強みです。
コストコも15.3%と高水準で、会員制や効率的なオペレーションが利益率を押し上げています。
一方、ROICが低い企業は、競争が激しい業界や、設備投資・研究開発コストが大きい事業が多いです。
エネルギーやバイオテクノロジーなどは、資本が多く必要な割に利益が出にくい傾向があります。
成長機会が限られていたり、事業構造が古い場合もROICは低くなりやすいです。
日本企業と海外企業のROIC比較
日本企業のROICは、過去10年で改善傾向にありますが、依然として米国や欧州の企業に比べて低めです。
日本株のROICは6~7%が平均値ですが、米国やEU、英国はおおむね10%前後となっています。
ただし、近年は東京証券取引所の改革などを背景に、ROIC向上を目指す企業が増えています。
業種別では、医療(11.3%)、テクノロジー(11.1%)、生活必需品(8.8%)が日本でも高い水準です。
米国のITや医療流通大手は20%を超える企業も多く、資本効率の面でグローバル競争力を持っています。
今後は日本企業もROICを重視した経営へのシフトが進むと見込まれます。

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ROICを活用した経営改善と実践ポイント
この章ではROICを活用した経営改善と実践ポイントについて解説します。
ROIC向上のための具体的な施策
ROICを高めるには、現場レベルでの業務改善と資本効率の最適化が欠かせません。
まず、業務の自動化やプロセスの見直しによって、オペレーション効率を上げることが基本です。
たとえば、AIやRPA*を使った作業自動化は、コスト削減と生産性向上の両方に貢献します。
また、在庫管理の最適化や、不要な固定資産の売却も資本効率アップに直結します。
価格戦略の見直しや新製品開発による収益力強化も重要です。
資本コストを下げるために、低金利での資金調達や信用力向上も有効な手段となります。
さらに、収益性の低い事業から撤退し、高収益分野へ資源を集中させる「選択と集中」も、全体のROICを押し上げる効果があります。
*RPA(アールピーエー)とは「Robotic Process Automation(ロボティック・プロセス・オートメーション)」の略で、人がパソコン上で行う定型的な業務(ルーチンワーク)を、ソフトウェアロボットが自動で実行する技術や仕組みのこと
ROICを経営管理に活かす方法
ROICは経営管理の中核指標として、全社・事業部・現場レベルで活用できます。
まず、年度予算や中期経営計画にROIC目標を組み込み、各部門ごとに具体的なKPI*へ分解します。
たとえば、売上高営業利益率や投下資本回転率など、現場で実感しやすい指標に落とし込むことで、従業員一人ひとりの行動とROIC向上を結びつけやすくなるのです。
また、月次や四半期ごとにROIC進捗をチェックし、必要に応じて戦略や施策を柔軟に修正することが大切です。
グローバル企業の場合、各国・地域のROICを統合的に管理し、全体最適を図る仕組みも有効です。
*KPI(ケーピーアイ)とは「Key Performance Indicator」の略で、日本語では重要業績評価指標と訳されます。これは、最終目標を達成するために、各プロセスの進捗や達成度を定量的に評価・管理するための中間目標となる指標です。
ROIC活用の注意点と落とし穴
ROICは便利な指標ですが、誤った使い方をすると逆効果になることもあります。
たとえば、ROICを高めるために過度なコスト削減や投資抑制を行うと、長期成長やイノベーションが損なわれるリスクがあります。
また、ROICの計算や定義が現場で十分に理解されていないと、形だけの運用に陥りやすいです。
日本企業では、事業部門ごとの「縦割り意識」が強く、全社的な連携やデータ統合が進まないケースも見られます。
こうした落とし穴を避けるには、経営層が明確な目的を示し、現場と双方向でコミュニケーションを取りながら、ROICの意義や目標を共有することが不可欠です。
ROIC導入事例・成功企業のケーススタディ
ROIC経営の成功例として、オムロン株式会社や日立製作所が挙げられます。
オムロンはROICを「逆ツリー」で分解し、各事業部のKPIと連動させることで、現場レベルまでROIC経営を浸透させています。
日立製作所では、経営陣がROICの重要性を積極的に発信し、全社的な資本効率向上を推進しました。
海外では、AppleやToyotaなどもROICを重視し、イノベーションや効率経営で高い資本収益性を実現しています。
これらの企業に共通するのは、ROICを単なる財務指標としてではなく、現場の具体的な行動や経営判断と結びつけている点です。
このような取り組みが、持続的な企業価値向上につながっています。

まとめ
ポイント
- ROICは企業が投下資本をどれだけ効率的に利益へ変換しているかを示す指標である
- 日本企業のROICの一般的な基準値は7%以上が望ましいが、全業種平均は約4.5~5.4%となる
- ROICは税引後営業利益(NOPAT)を投下資本で割って算出する
- ROICが資本コスト(WACC)を上回る場合、企業は価値を創出していると評価される
- ROIC向上には現場改善や資本効率化、事業の選択と集中が重要となる
今回はROICについて説明してきました。
ROICは初心者向けの本に出てくることは少ないでしょう。
最初は代表的なPER、PBR、ROEなどをしっかりと理解し、ある程度基本的な指標になれたら少しずつ難しい指標を勉強していくのがベストです。
一度にたくさんの指標を学ぼうとしても混乱するだけなので、一歩ずつ、着実に進んでいきましょう。


参考: